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はっしーの「育自」日記

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2児のパパである記者の子育て経験を連載。主に長男の不登園〜不登校(いま小学1年)から得た気づきを書きます。
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記事一覧

年末年始とこれからのこと

きょう一日の中にある〝宝物〟を見つけたい2024年を迎えました。 冬休みに入ってからの出来事として、息子の身長が伸びたこともあり、自転車を買い替えました。 タイヤのサイズは18インチから20インチになりました。 息子は新しい自転車をよほど気に入ったらしく、年末年始は、ほぼ毎日、一緒に散歩に行きました。(息子は自転車に乗り、僕は歩きや小走りでついていくので、そこそこ疲れましたが、いい運動になりました) 散歩のコースは、以前よく行っていた町内の公園から、もう少し離れた大きな公

息子と発達検査

検査結果を、生かせるように「発達の凸凹」という言葉を聞いた時から、発達検査のことは、いつも頭の片隅にありました。 ※息子の「発達の凸凹」について聞いた際の思い出はこちらに ↓ 息子が小学校に入学して1カ月ほどが過ぎた5月、担任の先生と、養護教諭の先生も交えた個別面談があり、「発達検査を受けてみてはいかがでしょうか」との提案を受けました。〝(息子の)得意・不得意を知ることで、学校としても、より適切に関わっていく手掛かりになれば〟とのこと。 〝必要があれば、息子に発達検査を受

息子と過ごした夏休み

僕は何がしたかったのか? それは、息子の笑顔を守ること「何か焦っていらっしゃいますか?」 2023年7月のカウンセリングでのこと。医師から、そう尋ねられました。 ※カウンセリングを受けるようになった経緯はこちらに ↓ いつもカウンセリングでは、医師は「いかがですか?」と話題を僕に任せてくれます。仕事や子育てなど、テーマは多々あり得る中、7月のカウンセリングで、僕は付き添い登校を話題に語り出しました。 〝なかなか息子が、小学校になじまない〟 入学式で親子分離ができて、付き

付き添い登校の日々の中で

うれしさと、疲れと、迷いと。小学校の入学式に参加し、60分の〝親子分離〟をした息子。 実は春休みの間、息子はことあるごとに、ママ(妻)には「小学生になったら、俺は学校に行くぜ」と言っていました。 例えば休日などに創価学会の会合へ一緒に行く際は、息子は学会の会館へランドセルを背負って行きました。 お気に入りのランドセルを人に見せたいという思いもあったでしょうし、不登園からの経過を見てきた僕からすると、〝幼稚園から心機一転、小学校へ通うぞ〟と、息子なりに自身を鼓舞していたように

小学校入学式ーー〝親子分離〟の60分

「パパとおなじふくをきるよ」2023年2月下旬に臨んだ、進学先の小学校における個別面談でのこと。入学後の付き添い登校を許可してもらった際、さらに「入学式の前日に〝予行演習〟を行いましょうか」との提案もいただきました。 ※個別面談の様子とそれに至った経緯はこちら ↓ 〝予行演習〟という意味は、入学式の準備が整った会場(体育館)を見学し、1日の流れをあらかじめ息子が認識できるようにしてはどうかとの配慮で、僕も「ぜひお願いします」と答えました。 入学式前日の夕刻。僕と妻と息子、

変化のきっかけをくれた娘

「パパ、だいすき」と言ってくれることに今回は「第0話」として、娘(第2子)との思い出を書きたいと思います。息子との歩みが印象に残りがちですが、娘の誕生は、僕に父親としての〝変化のきっかけ〟を与えてくれました。 娘が誕生したのは、2019年11月中旬の早朝でした。産気づいた妻を夜中に病院へ送り、息子を預けていた僕の実家に戻って仮眠していたところ、〝予想に反して〟数時間後に生まれてきてくれました。(息子の時は、陣痛と入院から出産まで約20時間かかったこともあり、もう少し時間がか

卒園式に出席した息子

「ともだちと、おわかれしてくるよ」僕ら親が進学先の小学校を模索していたのと同時期、息子には、ある変化がありました。 幼稚園の年長になって間もなく、2022年の4月下旬から幼稚園に行かなくなった息子。その息子が2023年の年明け、3学期から幼稚園に行き始めたのです。療育の教室に「あきたから」というのと、「ともだちとあそびたい」というのが本人の言い分でした。(飽きたと言うものの、療育の教室は継続して通いました)   当時の僕は、〝え、幼稚園行ってくれるの? やったー〟と思いまし

進学先の小学校を探して

「横でも後ろでも、そばに居てあげてください」2023年の年明けから、僕は新たな部署に異動しました。異動先は、若者世代に関する企画や、デジタル記事を担当する部署です。 誤解がないように書くと、部署によって仕事の価値に大小はありません。皆、魂を削るような思いで制作に取り組んでいます。その上で、異動後は、自分が取材して記事を書くことから離れ、デスク(記事の監修)をやらせてもらうことになりました。 それによって、出張をストップすることが可能となりました。息子の情緒はだいぶ落ち着い

父が僕に送ってくれたエール

「どちらを選んでも、その選択は正しいんだ」「葛藤という言葉は、左から右へ巻く『葛』のツルと、右から左へ巻く『藤』のツルがもつれてほどけないことから、相反する2つのうち、いずれをとるか迷うことを指すんだよね。だから、その2つの概念の明示が必要なんだ」 これは、記事が紙面になる前に日本語のチェックをしてくれる部署の先輩が、かつて私に話してくれたことです。(ちなみに両者のツルの巻き方については、諸説あるそうです) 二回りほど年上の先輩ですが、いつも私の記事を楽しみにしてくれる人で

努力の先にある場所へーー息子のおかげで書けた記事

いつか、もう一度「君のおかげで」と伝えたい僕が取材を担当し、自身の人生の節目ともなった記事は、2022年8月の聖教新聞に掲載されました。パパ、ママ、小学4年の長男と小学1年の次男(当時)の4人家族の歩みを通して、子育てを考えるルポです。紙面の中で大きな文字で表記する「見出し」は、次のような言葉としました。   ・「親と〝学会家族〟で見守る、子どもの成長」(1面のタイトル) ・「日常こそが宝の思い出に」(1面のメイン見出し) ・「多くの人と出会える価値」(1面から続く3面のメイ

創価学会の仲間と息子の交流

「よーし、お兄さんたちとジャンケンしよう」コロナ禍で、2020年春に国の緊急事態宣言が発令される前頃から、創価学会の各地の会館では、会合の自粛がおこなわれました。その後、感染の〝波〟の状況を注視しながら、徐々に会合が再開されました。 2022年の春には対面での会合も増えてきていて、僕は、ほぼ毎回、息子を連れて会合に参加しました。幼稚園への行き渋り・不登園をへて、ちょうど、療育の教室を利用し始めた当時です。教室へ通うパートナーとして、息子に認めてもらいたいーーそのために日々一

僕がメンタルヘルスを崩してーー負担を軽くするのは「生きるため」

幼稚園への行き渋りと不登園をへて、2022年5月から始まった息子の療育。日々一緒に過ごす時間を増やしながら、週1回の療育に付き添う〝パートナー〟として、息子から認めてもらえるようになってきました。 一方で、少し前から、僕自身の体調に変化が出ていました。 息子が幼稚園に入園した2020年。その秋に僕は部署を異動しました。 2007年に入社し、4年半は紙面のレイアウトを担当する部署に、その後の9年間は人物ルポを担当する部署の記者をしてきました。担当したテーマは、障がい、在日外国

療育の教室で聞いた「スモールステップ」

一歩ずつ積み重ねること行政に相談し、息子の「発達の凸凹」について理解とサポートをするため、療育の教室を活用することにした僕たち親子。 2022年5月、教室に通うに当たって、僕と教室長で面談を行いました。紹介された療育の教室は未就学児を対象としているので、関わってもらえるのは、小学校入学までの約10カ月間です。僕と妻、息子、皆の希望(息子の希望は妻から聞いてもらいました)をまとめると、次のような3点でした。 ・将来的に自立できるように、少しずつ一人でできることが増えていってほ

行政のサポートと息子の「発達の凸凹」

「今の時代は何でも早い」という言葉に息子が幼稚園に行かなくなり、さてどうしようかと考えた時に、職場の産業医の方が「行政にしっかり相談するといいですよ」と教えてくれました。 インターネットで調べて、まず電話したのが「子ども家庭支援センター」です。東京の区市町村にある、育児・子育てに関する悩みを聞いてくれるところなのですが、僕としては息子に関することに加えて、〝妻の心が少しでも軽くなれば〟という思いがありました。 それというのも、当時の僕は、出張で全国各地を歩き回って取材をし